やり直す夫
夫はスマホにロックをかけていませんでした。

私「なんで昨日消したゲーム、またやってんの...!?」

夫は若干うろたえながら言いました。
「課金なしで、またイチからやり直そうかと思って」

私「イチからやり直さんといかんのは、私達夫婦のほうやろがーーーーッッッ!!!」

部屋着のまま、私は外に飛び出しました。真冬なのに靴下を履かずに外へ出てしまった。

昨夜の話し合いは何だったのか!?
涙は何だったのか!?

頭を冷やそう、と思いました。
赤ちゃんの寝てる部屋で夫婦喧嘩はできない。ズンズン早足で歩き、近所の公園のベンチにどかっと座りました。
息が荒くなるほど怒りを覚えたのは、生まれて初めてでした。

公園のベンチでがっくりうなだれ、フーッ、フーッ、と大きく肩で息をしている上下ピンクのフリースを着た中年女。
はたから見たら完全に不審者です。
通報されなくて良かった。

友達のライングループに公園で愚痴りました。
「うちの職場にも高額課金してる人、いるいるw」
「変なところでお金借りないように、保険証やパスポートも預かったほうがいいよ!」
平日の昼間にもかかわらず、共感してくれたり具体的なアドバイスをくれました。

裸足の寒さに負けて30分後に帰宅しました。泣く息子を、夫があやしているところでした。

私「...あなたのお母さんに、今から電話するわ」
夫「はぁ!?オカンは関係ないやろ!?」

今回のことで、夫が初めて大きな声を出しました。
なるほど、お母さんが弱点か。覚えておこう...。
夫「アプリを消せばええんやろ!!」
私「そうだよ、消せばいいの...」

疲れました。

この先、この人とやっていけるんだろうか?

優しい人だと思っていたけど、誠意が全くないじゃないか。
信用できない。
現時点では愛してるけど、そのうち夫のことが生理的に受け付けなくなるかもしれない。
愛してるけど、信じられない。

ふと思いました。
ああ、父と真逆だ。

父はモラハラDVで子供をこけしで殴る男だった。
でも家族のために働いて、私を育ててくれた。
お金を私達のために使ってくれた。
私は愛してないけど。

今まで、父には「感謝しなきゃな」と分かっていました。
学校を卒業したときには「お父さん、ありがとう」と伝えました。
でもこの日、初めて父に感謝することへの本当の許可が、自分の中でおりました。

次の日、娘と息子を連れて父の病室にお見舞いに行きました。
父は家庭で介護するのが難しい状態になり、2年ほど前から長期入院していました。

たまたま、母と下の妹、父の妹が同時にお見舞いに来ていました。
時々私も面会には行っていましたが、父は寝ていることがほとんどで意思疎通も難しくなっていたのでいつも短時間で帰っていました。

その日、父は珍しく起きていました。
私はいきなり大きな声で言いました。
「お父さん!!育ててくれて今までありがとう!!」
徐々に弱りつつあった父でしたが、別にここ数日が峠という訳ではありませんでした。
妹は「急にどうしたの?」と不思議そうでした。
父は「あ..ぐぁ...だー!」
聞き取れませんが何か言ってました。
父の妹が「リコちゃん!お兄ちゃんが、分かった、って言ってるわよ!」と言いました。

ほんまかいな。

それだけ伝えると私達は帰ろうとしました。
母が「せっかくだから、どこかで食事しようよ〜。その前に、娘ちゃん、冬物のワンピースでも買いに行こうか!」と
孫にデレていました。

結婚に反対していた母でしたが、初孫および初男孫パワーには抗えず、甘甘ババアと化していました。

150万をまた稼がなきゃなぁー。
私はアマゾンで「お金が宇宙から降ってくる的な本」を購入して熟読しました。
私はこの頃から、困難に直面するとアマゾンに頼るようになりました。

夫の機嫌が悪い日は数日続きましたが、二人で子育てしているうちにまた普段の感じに戻っていきました。

父を愛してないまま感謝することは可能だったように、夫を信じないまま愛することは可能でした。
注意深く見守ろう、と思いました。
愛してるから信じることができるはず、とか、
愛してるから理解してくれるはず、は
理想的ですが幻想です。
混同すると大変なことになります。
いつか突然ある日、夫のことが生理的に受け付けなくなるかもしれないけど、当面は大丈夫そうな気がしました。

そもそも私の金銭管理がズボラだったのも一因。記帳はこまめに。夫のスマホチェックもかかさず。

父はこの面会の3ヶ月後に亡くなりました。
衰弱していたのは分かっていたので、体の苦しみから解放されて良かったとすら思いました。
私は悲しくありませんでした。

そして1年後、また夫の通帳におかしな金の動きがありました。

つづく